上町は箕輪(みのわ)  下町は閼伽井町(あかいまち)

 

現在鹿野山は上町と下町と呼ばれているが、昔は箕輪と閼伽井町と呼ばれている事を聞き

閼伽井と言いう言葉に興味を持ち調べて見た。

驚いた事に、閼伽は仏教ではお客をもてなすための大切な水で、その水を汲むための井戸が閼伽井であることが分かった。下町が閼伽井町と呼ばれている所以は井戸があったからだと思い愛彩の会会長小出さんに聞いたところ胴坂の入り口に2つの井戸があり昔から利用していたとの事である。その一つの井戸には大正時代に作られたと言う彫り物が残されている。

愛彩の会ではこの井戸が閼伽井であることを信じて、昔の面影を残しながら井戸の側にウメノキの古木を添えて復元する事を予定している。完成した暁には報告するので、大正ロマンを感じる古道を訪ねて欲しい。

 

 ・胴坂の入り口にある井戸 

 

・井戸に残っている彫刻(大正九年)

 

●閼伽(ウィクペディアフリー百科事典から転記)

「閼伽(あか)は、仏教において仏前などに供養されるのことで六種供養のひとつ。サンスクリット語argha(アルガ)の音写で、功徳水(くどくすい)と訳される。閼伽井から汲まれた水にを入れることがあり、閼伽香水とも呼ばれることもある。

インドでは古く、来客に対し足をそそぐための水と食事の後口をすすぐための水が用意されたといい、それが仏教に取り入れられ、仏前や僧侶に供養されるようになったものである。

 

閼伽を汲むための井戸を「閼伽井」、その上屋を「閼伽井屋」、「閼伽井堂」と称される。また、閼伽を入れる瓶(びん)を水瓶(すいびょう=軍持)と称し、閼伽を入れる器を「閼伽器」、閼伽を供える棚を「閼伽棚」と称される。」

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年9月

鹿野山は都心から一番近い避暑地

 

今年は梅雨が無く、すぐ夏になりましたがその後が梅雨みたいで暑い日が続いています。大正2年頃、鹿野山大塚屋に逗留していた大町桂月がその当時の気候他自然の状況を書き残している興味ぶかい文章があります。昔から神野寺付近はスギの巨木が多く製材所があり材を加工する職人立ちも多く自然度が豊かで、霧が深く、涼しいと聞いていましたが桂月の文章には驚きました。

 

今日でも鹿野山の夏は君津市内より気温が3度程度低く快適ですが、大正2年当時は東京に比べれば10℃以上差があると書いています。又植物では夏は山百合が一面に咲きて、薬草として利用された千振(センブリ)が多く、鹽手(シオデ)は鹿野山と日光山のみにあり春はその芽を食べると書いています。鹽手は森のアスパラと呼ばれ今でも食している方はいますが、千振は山に入らないと見る事が出来なくなりました。

 

また、九十九谷にある大滝を見に行ったところ高さ三四丈もあり、砂の巖地であると書いてあります。九十九谷に滝がある事など想像できませんでしたが、愛彩の会の山中さん他有志で滝を探しに行ったところ立派な滝が数か所ある事を聞いてびっくりしました。

 

地球全体が温暖化傾向にある時、大町桂月が100年前に涼しい場所として報告している鹿野山は、棲み処としては最高の場所になります。

 

(滝の写真は鹿野山ビューホテルに展示してあります)

 

写真左)センブリ:リンドウ科・センブリ属‐日当たりの良い山地に生える2年草
写真右)シオデ:ユリ科・シオデ属―巻きひげがあり他の植物に絡みつき伸びる宿根草

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年8月

 

 

巨樹の森の整備

 

 愛彩の会ではスダジイを中心とする巨樹の森の整備を行っています。

 

 自然は人が介在しない照葉樹林の森では、極相林化します。鹿野山地区でも林業など人の介在から逃れた場所では部分的にシイ、タブの巨木が残り極相林の面影を見る事が出来ます。

 

 この地域では、袖ヶ浦の坂戸神社の森がスダジイを中心とする極相林で、幻想的なネイチャーデザインを見る事が出来ます(写真―1)。このデザインが出来るのはエチレンが関係していると言われています。森の中で隣接した木々が互いの領域を譲り合っているように、新しい枝は接触したときに局部的にエチレンを生成しその方向への伸長をやめます。反対になんの妨げも受けていない枝は、すくすくと伸びて領域を拡大していくのです。

 

 愛彩の巨樹群は、坂戸神社のような美しいデザインは出来ていませんが(写真―2)、今後の管理で美しいデザインがいつの日か完成される事を夢見ながら活動を行なっています。

 

    写真-1(坂戸神社)              写真-2(鹿野山)

 

参考:極相林

 新しく出来た裸地にコケ→一年生の草→多年生の草→低木(アオキ等)→高木(タブノキ等)というように,植生は自然のまま放置しておくと,群落として生活のパターンをつぎつぎに発達させます。そして最後は,適度の湿り気をもった豊かな土壌の上の木の群落(森林)に落ち着きます。このように生活パターンを変えていく,いわゆる「遷移」の最終段階のことを,極相といい,この段階に到達した森林は一応自然の完成した姿といえ,極相林と呼ばれます。当地区ではシイ、タブ、カシ類の樹木に覆われていす。

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年7月

 

 

1年で胴坂が見違えるように変化しました

 

 愛彩の会の昨年の活動で、胴坂の改修を行いましたが、1年たって見違えるような変化をしました。

 

 むかし鹿野山小学校の通路、神野寺への参拝道として使われていた道路でしたが土が流れ、草木が覆いかぶさり一人で歩くのが怖いように荒れていました。

 

 愛彩の会では自然に優しい枕木を使い、沿道にはシャガ、シラン、ヤブラン等を植えて歩きやすい事と、四季感を創出する草本類の植栽を行なったところ、1年で見違えるような景観を作ることが出来ました。

 

 現在も1月に1回の活動で除草などの手入れを行っていますが、これからは鹿野山に生育していて絶滅して行った植物等も復元出来たら良いと思っています。

 

1年前の状況

 

1年後の状況(2017年6月)

 

植栽した草本類

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年6月

 

愛彩の広場に移植したシダレザクラが咲きました

 

 昨年の28年9月に仕立て、今年の29年2月に移植の報告をしたサクラが無事に咲きました。今年は移植の時に剪定をしましたので、花の数は50%程度ですがピンクの美しい可愛らしい花が咲きました。

 

サクラの花の名前の由来として現代のサクラ(桜)の漢字では想像も出来ない素晴らしいお話を紹介しましょう。

 

昔のサクラの漢字は「櫻」でした。この漢字を分解すると、木辺に嬰児の嬰の字を使っていますね。これは赤ん坊のふくよかな顔の色をサクラの花に見立てたのではないでしょうか。

 

次に嬰の字を分解すると女と貝が2個ですね。貝は女性の宝物首飾りです。サクラの満開の花は1個の芽から3~5輪咲き、それがびっしり枝に着きます。

 

正に春の贈り物、女性の宝物首飾りです。

 

サクラの季節は終わりましたが、来年サクラの季節までこの話を覚えておいて下さい。

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年5月

愛彩広場でマメザクラが咲きました

 

 マメザクラはフジザクラともよばれヤマザクラより少し早くので地方ではヒガンザクラよばれていますが房総半島を含めたフォッサマグナ帯のサクラです。

 

小ぶりの樹形と白から薄紅色まで小さな可愛らしい花が咲く自然の桜です。

 

 千葉県では房総丘陵で見られますが、東葛地区、茨城、埼玉には見られず富士・箱根、伊豆半島に見られる事からフォッサマグナ帯の植物と言われていわれています。

 

 

フォッサマグナ

 

 日本海が形成される際に、日本列島が大陸から切り離されて南西日本弧が南に、東北日本弧が東に押し出されたために、両者の境界面が大きく割れて出来た大地溝帯。西側の線は糸魚川静岡構造線と呼ばれてよく知られていますが、東側は火山や堆積などで不明確になっていて、柏崎-千葉構造線が最近の有力説になっているようです。

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年4月

 

シダレザクラを愛彩の広場に移植しました

 

 

 前回、シダレザクラの仕立てで報告したサクラを2月に移植しました。

 

 移植(移動)に備えて、根が崩れないようにしっかりと根巻きを行います。根巻きをする前に大事な事は、古い根を生きている場所まで切り戻しをする事です。根巻材料は以前はワラを使いましたが、最近ではワラが手に入りにくいので、植えた後腐りやすい布を使っています。

 

根巻きが終わったら移動して、枝垂れた枝が美しく見えるように地面より高い場所に植え付けです。植え付け時の注意は、木の正面を決めて樹芯を垂直にして、根の周りに空隙が出来ないように、水をかけながら(水極め)植え付けます。

 

 根から吸収される水は、Ⅰ本のパイプ(導管)の中を通り葉っぱまで足していますので、根が腐っていたり、傷ついていたり又パイプに空気が入ると水は上がりませんよね。このために、根の切り戻し、根鉢と土の密着が重要です。

 

根の切り戻し

根巻き

移植完了

文責:樹木医 小池英憲 平成29年2月

花芽分化

 

春を待ちきれないロウバイ、マンサク、ウメ等は花が咲き始めましたが、この花の元になる花芽は何時ごろ出来るのでしょうか。大きく分けて、前年に花芽が出来て冬の寒さに耐えて暖かさを感じて咲くものと、今年の春に伸びた枝に花をつけて、その年に咲く2通りがあります。

 

ツツジの花が咲かないと言いう相談が多くありますが、お正月に綺麗に剪定すると、夏に出来た花芽を全部切り落とすので、春に咲くはずはありませんよね。このように、美しい花を楽しむには、花芽分化の時期を知って管理する事が大切です。又、花は葉が変化したもと知っていましたか。

 

はその通りで、植物の茎の先端にある生長点では、新しい葉をどんどん作り出していまが、ある時期に葉を作らなくなって、顕微鏡でなければ見えないような小さな花芽ができます。これを花芽分化と呼び、花芽は次第に発達して、やがて花となります。

 

花芽分化は、植物がある程度の齢に達してから始まりますが、直接的には温度や日長時間(昼の長さ)などの環境条件によっておこります。

 

文責:樹木医 小池英憲 平成29年1月 参考文献:植物の科学・八田洋章著

 

 

 

松の話し(ヒメコマツ・三島五葉)

 

お正月が近くなると、門松が飾られます。これは歳の神様が天から降りてくるときの目印と言われています。
 ところで松の葉は何枚でしょうか?一般的には2枚ですが、5葉松は葉が5枚です。但し外国の松は3枚の葉がありますよ。
今日は、房総地区の五葉松、ヒメコマツの話しです。(地域では三島五葉と呼ばれていました)
 ヒメコマツは山地性の針葉樹で通常は500m以上の高い山に分布していますが、房総丘陵はほとんど標高400m以下の低い山で、気候的には暖温帯に位置しています。
気候が今より寒冷だった氷河期にはヒメコマツは房総丘陵全体に分布していました。氷河期が終わり暖かくにつれたて植物は寒冷な高地に移動しますが、房総地区は高い山がなったので丘陵奥地に居座らざるを得ませんでした。

 

そのような状況で生き延びていますので房総半島のヒメコマツは氷期の遺存植物として地史的、植物地理学的観点から非常に貴重な植物と言われています。 
 そのヒメコマツが最近の調査では80本と激減し絶滅のおそれが極めて高くなって千葉県の絶滅危惧種に指定されています。このため県ではヒメコマツ回復計画を策定して、保護回復に取り組んでいて、回復事業の一環として「ヒメコマツ系統保存サポーター」を募集しています。
 このサポーターとして愛彩の会でも保護活動に協力するため、ヒメコマツの苗を植えて、遺伝系統の保存活動に協力しています。

 

(文責:樹木医 小池英憲 平成28年12月)

 

大枝の剪定

 

今回は樹形を縮小する時に大きな枝を剪定しますがその話をします。

   大枝の剪定のポイントは樹木に与えるストレスを最小限に抑え、剪定後切り口をなるべく早く(35年)塞ぐ事です。そのためには、樹木の休眠期で樹体内に沢山の栄養分が溜まっている時期で下に示す方法で行って下さい。 

樹木の幹と枝が分かれている部分を良く見てください。図のように樹皮が寄り集まったような模様が見えます、これをバークリッジと言います。又枝の下にはやや膨らみが見えますこれをブランチカラーと言います。 

正しい剪定の方法はバークリッジの外側でブランチカラーを残してA-Bで斜めに切る事です。幹に平行にC-Dで切ると、切除後切り口を塞ぐ幹の組織を切り落としてしまうからそこから幹に腐朽が入ります。 

Fの位置で枝を長く残して切ると、切り口から枝葉が出て光合成が行わなければ枝は枯れて幹まで腐朽が広がります。前回小枝の剪定でも枝の途中で切らず、枝の分かれ目で切る事を説明したのは同じ理屈です。

光合成で稼いだ養分は導管を通って根に下りますが、上から下に流れて逆流して上に登り事はありませんので、樹液が流れるようなイメージで剪定する事がポイントです。

 

 参考文献:現代の樹木医学・SHIGO著日本樹木医会訳 

(文責:樹木医 小池英憲 平成28年11

 

樹木の剪定

樹木の剪定(1)

樹木の剪定についてお話します。

1.      剪定の時期

 樹形を作り変える等の大きな枝の剪定は一般的に樹木が休眠している秋から冬が良いですが、常緑樹は暖かさに向かう春の方が良いです。徒長枝、ひこばえ、混み過ぎた枝の剪定は目的に沿って台風前、梅雨前等適宜行って良いです。

 

2.      枝の切り方

1)      先ずは、不要枝の剪定から始めて下さい。

 下図のように、枝には不要な枝が沢山あります。

頂上枝をⅠ本に決めて枯れ枝、重なり枝、絡み枝等不要枝を整理すると、見違えるほどスッキリして樹木の自然樹形が見えてきます。その次に、どの程度樹形を縮小するかを考えて剪定が始まります。樹木を大きくしたい場合は剪定の必要はありませんね。

 

2)      枝の切り方は、枝の中間から切らずに

の分かれ目で、斜めに切る事が基本です。

この事は、枝の中間から切ってその先に葉が出なければ、光合成が行われませんので、葉がある枝の部分まで枝が枯れます。

 

 ※次回は大枝の剪定について書きます。

文責:樹木医 小池英憲 平成28年10月

 

シダレザクラの仕立てをしました

(シダレザクラ:バラ科サクラ属 エドヒガンサクラ系統)

 

鹿野山愛彩の会の「愛彩の広場」に植栽するシダレザクラの移植に備えて準備をしました。

  

・サクラの日を知っていますか、3月27日です。

 

 頭の体操ですが、「サクラ咲く日」の語呂合わせです。サクラ(3)咲(3)く(9)で

 

 3月39日です。その日はありませんので、3×9で27ですから3月27日です。

 

 これは「日本サクラの会」が1992年に制定しています。

 

・シダレザクラは何故しだれるの

 

 植物には上に伸びる(上頂成長)ホルモンと横に伸びるホルモンがあると言われていますが、シダレ系の樹木は上頂成長するホルモンが少ないためと言われています。皆さんがお庭の管理で、頂上枝を止めると横枝が伸び始める経験があると思いますが、この事も関係しています。

 

・シダレザクラの仕立て

 

 シダレ系の樹木の仕立て方

 

 シダレザクラは苗木の段階から、将来の樹形を想定して、芯となる主幹を誘因してあげる事が重要です。写真の樹木はこの場所では完成形の樹形ですが、移植先の「愛彩の広場」ではもう少し樹高を高くするために再度芯を立てる事にしました。それと並行して下枝も高くするため全体的に枝の整理をしました。根回しを行ない、29年度には移植予定です。

 

※今回は作業上葉が付いている時の剪定となりましたが、骨格を作る剪定は葉が落ちてから(冬季剪定)が良いです。

 

(文責:樹木医 小池英憲 平成28年9月 )

 

しがら柵工(竹・粗朶)

しがら柵工は昔から用いられている土止めの工法で、現地発生材等も利用出来て自然に優しい方法です。

 

現場の状況に合わせて、そだ(粗朶、)竹、丸太木)等を使いますが、規模が大きく強度を必要とする場所は石を詰めた蛇篭(布団籠)が使われます

 

1.胴坂での施工例

階段の施工が終わった後に土止めとして竹シガラを施工しました。

 

方法は下図のように、丸竹に割竹を交互に組んで行く簡単な方法です。

文責:樹木医 小池英憲 平成28年8月


年輪と樹齢のお話

〈年輪の見かた〉

 

 山の中で道に迷ったら年輪の幅が広い方が南側と、聞いた事がありませんか。これは全くの間違いで、森の中では年輪は方位にほとんど影響されません。年輪幅は気象条件や回りの環境条件によって変わります。

年輪を見ると、色が明るく粗い部分と材が緻密で色が濃い部分があります。

明るい部分が年輪の内側にあり春から初夏にかけて作られた材で早材と言い、外側の部分が夏から秋に作られ材で晩材と言います

 

〈樹齢測定の方法〉

 

大きな樹を見ると、樹齢を知りたくなるのは皆さん同じだと思います。しかし、樹齢はロマン年齢と考えて深く追求する事より周りの景観と共に楽しむ事の方が良いと思います。ここでは、樹齢をどのような形で(伝承されているか)調べているか概要を説明します。

 

1.伝承、歴史から

お寺、神社、学校などが出来た時植えられと想定して、それが言い伝えられます。中には記録が残っている物も多くあります。

2.年輪を数える

最も正確な方法で、年輪を数える方法ですが、樹木を切らないと出来ません。

3.機械を使って(成長推)

立ってるままに、幹に細い錐を差し込み、年輪をコアーで抜き取り年輪を数える方法ですから、正確な樹齢が推定できますが幹に小さな傷がつきます。

4.幹回りの大きさから(直径から推定する)

成長と共に樹木は大きくなりますので、幹の大きさが樹齢と相関していると言えます。

しかしクスノキ、ケヤキ、マツ等樹木により成長の速度が違いますので、樹木の種類により係数を設定して推測しています。

5.剪定した枝から剪定した枝の年輪を数えて、切除した枝の位置までの生育年数をプラスして決めます。

6.炭素同定放射性同位元素(C14)の半減期を利用した炭素年代法で、外国の

話しですがマツ類で8000年の長生きの樹木が発見されました。

 

文責:樹木医 小池英憲 平成28年7月

 

 


房総の巨樹のお話

巨樹とは

巨樹は同じ場所で、自分の足では動く事が出来ないので何百年もの間その土地の移り変わりを見  てきて、その時間の蓄積   を大きな根張り、幹、枝張り、空洞、しわ等色々な表情で表現してい  ます。それは、見る人によって大きく違うと思いま   すが、声を出したくなる威圧感、引き込ま  れるような包容力であり、その土地の環境に適合したなじみの姿です。

 

・鹿野山周辺の巨樹

 鹿野山周辺では、歌川広重の版画に出て来るようにスギの巨木が林立していた時代がありました   が現在では殆んどなく、   その面影を感じる程度です。又神野寺には昭和14年に指定された県指   定天然記念物、大桑がありましたがこれも枯れてし   まいた。

山の中にはクワノキ、クスノキ、スダジイ等ありますが皆さんが、見学できる範囲では神野寺の   大イチョウ、愛彩広場の   スギ、スダジイがあります。

 

千葉県の巨樹・巨木

  千葉県の国指定天然記念物はスギ(清澄寺)イチョウ(市川市)、タブノキ(香取市)、クスノ   キ(神崎町)の4本です。   県指定天然記念物はイブキ、マルバチャシャノキ、ソテツ、クスノ   キ、イヌマキ、カヤ、ウラジロガシ、イチョウ、ヤマ   グワ、スダジイ、モッコク、スギ、ラカ   ンマキ、サカキ等14種です。

君津市では天然記念物として賀恵渕のシイ、君津市指定保存樹としてスギ、イチョウ、カヤ、ヤ   マモモ、イヌマキ、スダ   ジイ、ケヤキ、タブノキ ツバキ、マテバシイ、ヤマザクラ等11種が   指定されています。

 

・関東地区の巨樹の構成樹種

数が多い物から下記に示しますが、千葉県はスダジイが多く他府県はケヤキが多い事から、千葉   県は気候が温暖であるこ   とが想像されます。

千葉県―スダジイ、スギ、イチョウ、ケヤキ、タブ、

    東 京―ケヤキ、イチョウ、クスノキ、スダジイ、タブノキ、

    神奈川―ケヤキ、イチョウ、クスノキ、タブノキ、スダジイ

    埼 玉―ケヤキ、イチョウ、スギ、クスノキ、カヤ

 

※巨樹の基準

環境省が調査上での巨樹・巨木を定義しており、地上から約1.3mの位置での幹周が3m以上の      木を「巨樹・巨木」と定めています。

 

 (文責:樹木医 小池英憲 平成28年6月